ベア小話 その9 温かい薬
最近ふたつ、いい話を聞いたので、記しておこう。
ひとつはチクチクベア参加者のはなし。
「はじめてテディベアが出来上がったときに、ある感情が湧いてきたんです。前に同じ経験をしたので、何だろうと考えてみたら、最初に子供が生まれたときに感じたものと一緒だったんです。」
あぁ、それで合点がいった。私がテディベアに触れるときにいつも感じる、あたたかくて高揚した気持ちは、一種の母性愛なのではないかと。子供を産んだことがない私にはほんとうのところは分からない。けれど胸の奥で感じる、このやわらかい気持ちは愛しみのエネルギーなのだろう。
テディベア製作は生み出す作業であり、手を動かしながら’そこ’に愛情を注ぎ込んでいく。だから完成したテディベアにはすでに魂というものが存在していて、完成したときには(いや、製作中から)目には見えない大切な何かを感ることができる。モノ作りをしている人であれば、きっとこの「魂が宿る」感覚が分かるはずだ。
私とテディベアが、互いの魂を通わせて、愛を交換しているという感覚が確かにあるのだ。
もうひとつの話は、オランダに留学している友人のこと。
彼女のことは「ベア小話 5」で紹介したが、留学して1年ほど経ち、研究のために日本に帰国したときに、彼女から聞いた話だ。
「オランダで生活し始めた頃はいろいろなことがあって、つらくて泣きたくなることもしばしばだったんです。でも部屋でひとりになっても泣けないんですよ。泣きたくても無意識に止めてしまう。ところがベニー(留学のお供に彼女に贈ったテディベア)を抱きしめたら、不思議と涙が溢れてきて...。泣けたんです。泣いたあとはすっきりしました。泣くって大事ですよね。」
私も同じような経験があった。乳がんが再発したときだ。これからのことを考えると恐怖と不安が襲ってきた。けれど泣けなかった。やせ我慢をしていたのか、負の感情をぐっと抑え込んで、緩ませることができなかった。ふと、こちらを見て微笑んでいるテディベアを手にして、ぎゅっと抱きしめた。その途端、感情が表に出てきて、堪えていた涙がどっと出てきた。もう止められない。泣いて泣いて泣きはらした。すると何かが落ちて気が晴れたようになり、腹が座って今後のことを考えられるようになった。
テディベアはそれまで閉じていた心の扉を開けてくれるありがたい存在なのだ。一種の薬なのかもしれない。
今日もテディベアは私に言う。
「気張らなくていいんだよ。ちゃんと愛しているからさ。」
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